概要

知人から借りて読んだ。サマリと感想を書く。

 

サマリ

  • 予青6年5月、慶国 (ケイコク) でのこと。その国の王様は景王という (漢字が変わるからややこしい)。ひとつ前の王様は女王で、舒覚 (ジョカク) さんといった。王様には向いていなかったようで、6年の治世の後に崩御した。
  • 予青7年1月、宰輔 (サイホ; 宰相のこと) であり麒麟である景麒 (ケイキ) さんは次の王を探していたが、ついに倭国の女子高生、陽子さんを見つける。この子が次の王だ間違いない!
  • そこで脈絡なく動き出すのが巧国 (コウコク) の塙王。こいつは治世がうまくいっておらず、他所の国の政治がうまくいくことを許せないクズ。陽子さんを殺して、慶国をダメにしてやろうと画策する。宰輔の塙麟 (コウリン) に命じて、陽子さんに妖魔を差し向けて殺そうとする。麒麟は高潔な生き物で、そういうことは大きな負担なので、失道 (シツドウ; クズなことをさせられて病気になること) してしまう。可哀想。
  • 平凡な女子高生の陽子さんにとって、初めての異世界の中で、常識がすべて違う中で、妖魔がガンガン襲って来て、しかも巧国では海客 (カイキャク; 異世界から来た人) への差別が根強いという状況で、そんで案内役だったはずの景麒さんは塙王に捕まっちゃって、ひとりで生き抜くのは過酷すぎる。
  • 自分を害する者に出会い、元の世界のひどい幻に苛まれ、陽子さんは人間不信になる。同時に、自らの不安や迷いと対話し、芯を作り上げていく。 (ここの描写がマジで良い。)
  • そのうち、半獣の楽俊 (ラクシュン)、海客の壁落人 (ヘキ・ラクジン)、雁国 (エンコク) の延王である尚隆 (ナオタカ; ショウリュウ) さんと出会ったことを皮切りに、陽子さんは自分が次代の景王であることを知る。
  • 旅の中で自分の愚かさ、人間性の貧しさを痛感している陽子さんは大いに悩み、ついに景王を継ぐ決心をして、捕らえられた景麒さんを助けに行く。
  • 予青7年7月、陽子さんは乱れた慶国の偽王を討ち、8月に元号を赤楽 (セキラク) にして、赤王朝を開く。

 

所感

子どもの頃に一度読んだハズなんだけれど、こんなに良かったっけ? 感動しちゃったし楽俊には2回くらい泣かされちゃったのだが。以下、好きだったところ。

  • 「だったら、楽俊の意図が見えるまで信用したふりをしておく」「性根が座ってきたじゃねえか、え?」: 陽子さんと蒼猿との対話が良いよね。最初の頃は蒼猿に対して怯え、耳を塞ぐばかりだった。そのうち、「自分でも感じていなかったような不安まで言い暴いてくれるから、自分の気持ちを整理するのに役立つ」と判断するようになる。現実と向き合うのは、人間的成長の過程のひとつだ。
  • ひょっとしたら臆病だったのではなく、たんに怠惰だったのかもしれない。 (中略) 卑怯で怠惰な生き方をした。だからもう一度帰れればいいと思う。帰ったら、陽子はもっとちがった生き方ができる。努力するチャンスを与えられたい。: これも良いよね。人間って、その時々では、そのときの自分の生き方に納得しているものだ。昔の陽子さんは、自分は臆病だからこんなものだろう、と納得していたはずだ。成長すると、その頃の自分の状況を直視することができるようになって、その当時よりもいろいろな側面から自分を見ることができるようになるんだと思う。
  • そんなことを静かに考えながら歩いた。: ぼくが野宿旅のときによく出くわす状況に似てて共感した。一緒にするのは烏滸がましいけれど……。ぼくはそういうとき、考えたことをメモしておく。そのとき考えたことは、家に帰って暖かい部屋にいたら失われちゃうから。
  • これはなにかの罰だろうと、そう納得するしかなかった。: これも、個人的に共感した一節。仕方なく諦めるときに、よく考えることだ。人間関係の不満について、よく思う。ぼくはこれまで人を傷つけてきた。いま自分が傷つけられているのは、その罰だから仕方ない。というふうに。そういうときの自分は、「そう納得するしか」ないんだろうなあ。
  • 「おいらは今も敵なのかい」陽子は首を横にふる。「だったらいい。さあ、行こう」: そして楽俊だよ。泣かされたわ。言及不要。
  • 「船から降りてきたとき、すぐにわかった。なんだか目が素通りできねえんだもん」「……わたしが?」: そして陽子さんもいいよね。人間の芯ができて、背筋が伸びている人って、何もせず静かにしていても目立つよね。そういえば、一人称が「あたし」から「わたし」になっていくのも、人間の芯がしっかり固まっていくようで良かったよね。
  • 「ずいぶんと学ばれたようだ。 (中略) ほんとうにお変わりになった。」「うん。たくさん勉強させてもらった」: 半年のサバイバルを乗り越えた陽子さんに対する、景麒さんのお言葉。読者は、陽子さんの苦心と成長をずっと見てきた。物語の最後、景麒さんのこの言葉は、読者がここまでの読書を振り返るきっかけをくれる。「ほんとうにそうだよな」と。物語の構成に脱帽。
  • 「それは水禺刀という」: これも物語の構成への感想。物語の中でずっと登場していて、身近で当たり前になっていたオブジェクトの種明かしが、のちのち出てくるの好き。