概要
ルームメイトが貸してくれたから読んだ。サマリと感想を書く。ルームメイトが、 “暗号の解き方がよく分からなかった” と言っていたので、そこもまとめてみた。ネタバレに注意。
サマリ
- 1940年ごろ
- ピアノが得意な寺田武史 (てらだ・たけし) は、軍の重鎮である鞘間重毅 (さやま・しげよし) の奥さんである鞘間文香 (さやま・ふみか) と恋仲になる。
- 鞘間重毅はめちゃくちゃ怒る。 (そりゃそうだ)
- 寺田武史は、娼婦の松本信子 (まつもと・のぶこ) と子供を作る。 (なんでやねん)
- 1941年ごろ
- 鞘間重毅はムカつく寺田武史を戦地に送るため、大東亜戦争の開戦を促す。
- 寺田武史と松本信子と子供は満州へ行く。
- 寺田武史はそこで、鞘間重毅が私情によって開戦を促したことを示す暗号を作る。それを後世へ伝えたいが、簡単に解かれてもいけない、と思った彼は、非常にわかりづらく作った上に、暗号のピースを複数の人に渡す。
- また、鞘間重毅は鞘間文香に夾竹桃 (きょうちくとう) の枝を渡して自害を迫るが、鞘間文香はそれを無視する。
- 1945年ごろ
- 終戦。寺田武史は満州より復員している。松本信子は一緒に戻ってきている。
- 鞘間重毅は鞘間文香に再び自害を迫るが、鞘間文香は無視。
- 1948年ごろ
- 鞘間重毅は戦犯となり、自害。
- 鞘間文香は、私情によって開戦を促した鞘間重毅よりも、それの原因となった寺田武史のほうが遥かに罪が重いと考える。 (?)
- 松本信子は鞘間文香の考えに同意する。 (?)
- 鞘間文香は寺田武史と松本信子を殺害し、自分も身を投げるが生き残る。
- 以降鞘間文香は素性を隠して生き続けている。 (?)
- 1970年ごろ
- 小説家の柚木桂作 (ゆうき・けいさく) はたまたま鞘間重毅と寺田武史についての取材を行う。
- 取材の中で、彼は寺田武史の残した非常にわかりづらい暗号のピースを集め、彼の知り合いがそれを解き、以上のあらましを知る。
暗号を解く手順
ピースはこちら↓
- A 寺田さん遺品の直筆 “変な楽譜”
- B 寺田さんが部下に口頭で伝えた “ショパンの天使の慰めの歌のアレンジ曲”
- C 寺田さん遺品の直筆 “上田敏 (うえだ・びん) の落葉という詩”
- D 寺田さん遺品の直筆 “九つの花の楽譜”
解き方はこちら↓
- A “変な楽譜” の最初の部分の、単音をトン、長音をツーに変換する。 “SOS” という文字列になる。これは “シゲヨシ・オバデヤ・サヤマ” と鞘間重毅 + 洗礼名を表す。この暗号が鞘間重毅についてのことを指していることが分かる。
- B “アレンジ曲” の運指を数列にする。左手の運指番号と右手の運指番号の組み合わせを、座標と考える。 C “落葉という詩” の 5 x 5 のひらがなを、デカルト座標系とする。その座標系で運指の座標をもとにひらがなをピックアップすると “XXX モテ XX ヲコロセシ ヒトアリキ” という文字列になる。あとは X に何が入るかが分かれば、鞘間重毅が、何を利用して何を殺したのか分かるハズ。
- D “九つの花の楽譜” に添えられた “ネフ・フロ” という文字をモールスにすると16個の記号になる。楽譜の前半16音を音名 (イロハで表現するやつ) に変換する。モールスのトンを、音のオクターブを表していると考えて、以上の16個を組み合わせる。重複する2文字は取り除くと14文字のひらがなになる。そのままだと意味をなさない。それらのひらがなを、対応する音の順番でソートすると “ワレトココクハ オナジサダメカ” になる。この中にある “ワレ” と “ココク” を X に入れればなんかそれっぽい (?) ので、鞘間重毅は故国を利用して我 (寺田武史) を殺したことが分かる。
……いや、分かるか?
気に入った台詞たち
敗北から生命の勝利を引っ張り出し謳歌する者もいれば、敗北の鎖に繋がれたまま息絶える者もいる。
頭の中にイメージが湧く表現だなあ、と思った。
人は真実に苦しむことはない。一時的にはつらくても、真実にはそれを耐えさせる力がある。人は嘘や想像の中で苦しむのだ。
同感だ。結局、本当のことを言っておけばいいし、素直に行動すればいいんだよ。それによって一時的に困ることはあっても、結局、真実によってもたらされた困り事って健全な困り事に過ぎないんだよ。
戦争というのは人の命を無視して行われるものです。
新しく知った、戦争批判の表現方法だなあ、と思った。
所感
- 寺田武史の生涯は納得できる。ピアノの才能があったのに、家のクソ事情で夢を捨てて軍属になり、負傷によってピアノも弾けなくなって絶望してしまった……。
- 鞘間重毅の生涯は納得できる。生涯を幇間 (太鼓持ちのこと) のように生き、出世して、妻の浮気で傷つき、私情で戦争を促した。クソ野郎ではあるけれど、こう、ぼくの動体視力で追うことができる論理で行動していると思う。
- 鞘間文香の考え方を把握するのが難しい。コイツ、不気味すぎないか?
- “寺田武史のほうが遥かに罪が重いと考えた” の、なんでだ?
- 自分の行動を罪と思っているならば、鞘間重毅が夾竹桃 (きょうちくとう) によって何度も自害を迫ったのに無視し続けたのはなんでだ?
- 自分の生死については “身を投げたとき生き残れば、神が生き残るよう命じた” と考えるクセに、寺田武史は勝手に自分で殺すの、なんなんだ? だったら寺田武史の生死についても神に任せろよ。
- こうまで、自分たちの行動が戦争犯罪だと考えているなら、そのことが露見しないように立ち回るのはなんでだ? ……いや、まあこれは寺田武史の娘が傷つくことを避けるためかな?
- いちいち人を呼び出した上に、その場では何も語らず後日手紙で語るの、なんだ? “(先生に) 何もかもお話いたします。でもこの場所ではありません。” おい!! 先生だってヒマじゃねーんだよ!!
- “私は今、剃刀をもっています……剃刀の刃を首にあてております……” なんなんだコイツは。戦後日本メンヘラ全国代表かよ。
- 大女優の牧岡衣里子 (まきおか・えりこ) と似ている、というメタ設定も、いちいち鼻につく。
- 序章の意味不明な描写 (東京に降り注ぐ夾竹桃) の意味が、後半でしっかり解説される、というのは気持ちよかった。
- 柚木桂作の娘の万由子の存在が、物語の歯車的過ぎて、非人間的だった。
- 探偵助手ムーヴが過ぎてて不気味だった。
- 前半のファザコン描写は、探偵役の父親に従順な装置である理由として用意されたのだろうな、と思った。
- でもパパではなくて違う人が探偵役だったのでずっこけそうになった。
- 暗号の解き方を整理することは面白かった。ルームメイトが “むずかった” と言っていたことが、ぼくがちゃんと整理しようと思った理由だ。ちゃんとやるモチベーションをくれたことに感謝してる。