●
親愛なるルームメイトがもってたんで借りて読んだ。サマリと感想を書く。
●
古倉恵子ちゃんはガキんちょの頃からめっちゃ合理的な奴だった。小鳥が死んでるのを見れば鳥料理が好きな家族のために持ち帰ろうとするし、男子がケンカ中の教室で誰かが「誰か止めてっ」と叫べばようし任せろとばかりにスコップで殴り倒し「止めたよ」とキメる。親切で、合理的かつストロングな娘である。ただ周りの連中にはドン引かれ、そういう行いが社会では認められないものなんだと自覚する。なるたけ自発的に行動しないよう心がけ、妹の助言で最低限の社会的ふるまいも覚えて慎重に過ごしていた恵子ちゃんだったが、すべてがマニュアル的に活動するコンビニエンスストアという聖地を発見する。ここなら、全部マニュアルに従っているだけで、ドン引きもされないし逆に評価されるのだ。やったぜ。
そんなグレートな環境で働き続けはや18年、恵子さん36歳。またもや周囲の連中がうるさくなってきた。36歳で未婚で恋愛経験もなく、アルバイトしてるなんてどーよ? というわけである。妹から授かった切り札「いやあ、ちょっと持病があってさー大変でさー」もそろそろ効かなくなってきた。面倒なことになってきたぞ。そこで発見したのが白羽さんという35歳の男性。こいつは人々に干渉されるのに辟易してる奴だ。恵子さんはいいアイデアを思いつく。こいつと一緒に住んで結婚とかすれば、周りの連中も黙るんじゃないか? と。白羽さんも食費と寝床を出してもらうのと引き換えに恵子さんちに住むことを承諾してくれた。効果はてきめんで、「男と同棲!? よーやく恵子ちゃんもまともになったか!」とみんなが祝福してくれる。その流れにのせられて、恵子さんはコンビニバイトを辞め、企業に就職を試みることになる。結婚して、白羽さんが主夫、恵子ちゃんが稼ぐ、って感じの形になれば、もうわりと一般的だから周囲も受け入れてくれるって寸法である。
いよいよ一社目の面接日となった恵子さんだが、たまたまコンビニへ立ち寄ったとき、初めてコンビニへ属したときの思いが蘇った。全身の細胞がコンビニのために作り変えられていくような、コンビニ店員という動物として生まれ変わるような気持ちだ。白羽さんはぷんすかで、「絶対に後悔するぞ!」と忠告してくれるが、恵子さんは「一緒には行けません。私はコンビニ店員という動物なんです。」と毅然とした態度だ。そして恵子さんはコンビニへ戻っていくのだった。
●
スゲー読みやすかった! 緑さんの「主人公が親切で合理的で人間らしくてステキ」セレクションがまた増えてしまったぜ。他のは カミュ『異邦人』 と 西尾維新『悲鳴伝』 と 筒井康隆『旅のラゴス』 ね。こうして並べてみると、ムルソーさんも空くんもラゴスさんも恵子さんも、ほんと好みの連中だよ。親切で合理的で人間らしくて、なにより行動力があるところがいい。ぐんぐん話を進めてくれる。人間としてデキているので、内的な問題が少なく、ゴールをサクッと定めて動き出してくれる。ストーリーテラーとして最高の役者だよ。ってこういうこと前も書いたっけか。今回のお話についても、恵子さんの最後の毅然とした態度に痺れる。俺はやりたいことをはっきり口にできる奴が大好きだ。
このお話のテーマとしてはやっぱり自分探しだろう。言い換えると生き方探し。 夏目漱石『坑夫』 と同じ。「いまの自分の居場所が自分にとって最適なんだが、ちょっと違う環境に身をおいてみると、もともとの居場所が最適だったことがよりいっそう際立っていいよね!」ってやつね。恵子さんは18年間聖地であるコンビニにいたから、それに慣れちゃってて、その価値にも慣れちゃってたんだろう。だからちょっと周囲の連中に突っつかれたくらいで「んー、ちょっと身の振り方変えてみようかな」ってなってしまった。だが最後にはもとの居場所の素晴らしさを認識し、めでたしめでたし、って流れだ。いやちょっと責めるような言い方をしちゃったが、こういう冒険はちょくちょくしたほうが楽しくていいと思う。冒険をたくさんした奴ほど、いまの自分と自分の居場所に自信をもっている。たくさん歩いた奴ほど、背筋が頑丈なものだ。それに恵子ちゃんが冒険しようと思った動機には少なからず妹さんや白羽さんへの親切心があるわけだろ。いい奴だよ。恵子ちゃんの周囲の連中は見習っときなさい。ほんと。
同じテーマである(だと思う)『坑夫』では、主人公のボンボンはめっちゃヘボい野郎だったので、結果として「ヤなことあったら環境かえてみ」っていう教訓話になっちゃっているけれど、『コンビニ人間』では恵子ちゃんが立派なおかげでまったく教訓話めいちゃいないな。むしろ、「うむ、せやろな」って思いを与えるお話って感じだ。こっちのほうが俺は好き。うむ、せやろな。いやーよかったよ。