概要

たまには自分語りをしちゃうぜ。友達と喋ってて、自分の内面を言語化する機会があってちょっとスッキリしたんで。

放っておくと自分の価値が毀損する

ぼくはいろいろやる。運動とか、勉強とか、投資とか、読書感想文とか、遊びとか、友達との会話とか、プログラミングとか。

でも好きでやってるわけじゃない……と、思う。やんなきゃいけないからやってる。

なんでやんなきゃいけないのか? なぜなら、やんなきゃダメになっていくからだ。

ダメになっていくって何が? 自分の価値が。

運動とか、勉強とか、投資とか、読書感想文とかやらなくても、ダメじゃないよ? 友達もそう言ってくれるよ? そのとおり。だけど、ぼくが内面ではそう思ってしまっているんじゃないか、ということが今回分かった。

いろんなことをやっても、プラスになっている感じはしていなくて、放っておくとマイナスになっていくから頑張ってゼロに戻している、という感じがする。運動は象徴的かも。肉体って放っておくと弛んでいくじゃん? 引き締まった状態を保つことは、マイナスをゼロに戻している感覚に近い。

ぼくはたまに X に「10km走った!」というポストをする。あのとき感じていることは、「あー、前回の10kmポストから間があいちゃったな……そのぶん、自分の価値が落ちちゃったけど、今回の10kmポストでまた持ち直したぞ!」みたいなことだ。

いや、「自分の価値が」って部分は普段はあんまり意識していないけれど、「持ち直したぞ!」の感覚は確かにいつもある。

なんかよくわからないけど、ぼくは「放っておくと自分の価値が毀損する」と思い込んでいそうだ。 1

価値が毀損するとどうなる? 知らんのか? 自己肯定感が終了して、メンタルヘルス悪化につながる。

ぼくは思春期の経験により、メンタルヘルス悪化しないことをポリシーに生きている。だから、つねに何か行動して、付加価値をつけていかないといけなくなってる。

投資して FIRE とかしたい、ってよく言ってるけど、それはプラスを目指しているのでは? いや、実はぼくが投資をしているのは、愚かになりたくないからなんだ。この時流において、投資についての知識をシェアしてくれる友達がいる、という環境において、投資をやらないことは、ぼくの中では「ちゃんとやってない」「愚か」「やんなきゃダメになる」に分類されるんだよな。

楽しいからやってるんだけど、詳しく言うと、楽しくなきゃいけないからやってる。

ぼくの持論では、「人はなりたい自分になるためにはなかなか頑張れないが、なりたくない自分から逃げるためにはカンタンに頑張れる」。一例として、ダイエットに成功する人は、肥満体になりたくない気持ちが強い人だ。

ぼくはダメになることに強い忌避感があるので、運動とか、勉強とか、投資とか、読書感想文とか、遊びとか、友達との会話とか、プログラミングとかをやってる。

疲れる。

一度、やめてみたらいいよね、全部。ただしその間、自分の価値が目減りしていくじゃん? そこで、それでも自分の価値を認められる出来事があればいいんだけど、「何もしてない状態」を高評価するのってそう簡単ではないよね。友達は評価してくれるかもね。だが、ここまでの流れから察せられるように、たぶんぼくは他者からの評価では満足できなくて、自分の中の絶対評価が強いから、それは難しそうだ。

と、いうのが今回の内面言語化だ。日々感じている諦観が深くなった感じだが、現状をクリアにすることも大切な一歩だと思う。

……ほらぁ! また「ちゃんと」一歩やろうとしてる! 無限ループ! おしまい。


  1. 毀損する、という言葉選びは相談に乗ってくれた友達によるもの。気に入ってる。