テキトーに選んで読んだ。サマリと感想を書く。



突然失明して目の前が真っ白になっちまう病気が流行りだす。状況からいってこの病気は伝染病っぽいので、国はこの病気の発病者と発病予備軍の連中の全員隔離を決める。隔離施設内は軍に見張られ、「患者はゼッテー出てくんな! 食糧は庭に置くからヨシと言ったらお前らが取りに来い! もし施設内で死人が出たら、お前らが責任をもって埋葬しろ! 施設から脱出しようとしたら撃つ!」というグッバイ基本的人権な状態である。つーか目が見えないんだから食糧取りに行くのも一苦労だし糞便はまき散らし放題だし掃除もできないし、施設はどんどん劣悪な環境になっていく。さらには銃を持ち込んだ失明者のグループが食糧を独占しだし、ほかのみんなに金品を要求し、女性を性奴隷として要求し、悪逆非道の限りを尽くしだす。それにブチ切れた女性らが非道グループの頭をブチ殺し、彼らの部屋に火を放つ。施設は全焼、焼け出された患者たちは、いつの間にか施設を見張っていた軍人がいなくなっていることに気付く。というのも、隔離の甲斐なく白い病気はパンデミックを遂げ、いまや全世界が盲人の世界と化していたのである。人々は四つん這いで街を徘徊し、空き家があればそこを根城にし、空っぽのスーパーマーケットで食糧をもとめ鼻をならしていた。そこらじゅうに人の死体が落ちている。
人間らしい生活というものがいかなる薄氷の上に成り立っていたものかみんなが実感していたが、あるとき突然その病気がちらほら快復しはじめたのだった。



白い病気って結局なんだったの?
最後にはこの病気の正体が明かされるかと思ってたんだけどまったくそんなことはなかったな! 仕方ないから、作者さんがこの小説を成り立たせるために用意した、神の装置だと思うことにする。
作者さんがこの小説で表現したかったことは?
一番最後で登場人物に「わたしたちは目が見えなくなったんじゃない。わたしたちは目が見えないのよ」と発言させていることからして、現実はこの小説内の状況とほとんど同じなんだってことが言いたいんじゃねーかな。白い病気がパンデミッたことで人々は文化的な生活や精神を崩壊させていったわけだが、実際に文化的な精神……寛容さとか誠実さとか……をもたない連中って結構いるよな。普段そういうものを持っていても、余裕がなくなるとそういうのってなくしちゃうもんじゃん? 俺も、普段はおせっかいなまでにお手伝いとかするんでルームメイトたちからめちゃめちゃ優しいと評判だが、肉体的に疲れてると「知るかバカヤロウそんなん自分でやれ」ってなっちゃうしな。俺らの文化的な態度は、ちょっと余裕がなくなっただけでも崩壊してしまう。そのことを、失明という具体的な装置に置き換えて大袈裟に表現したのがこの小説なんじゃねえ? つまり、この小説において「視力」は「余裕があること」を比喩してるってこと。余裕あるときとないときの状態をわかりやすく象徴してる一節がある。失明者のひとりAさんは失明中めっちゃ不寛容でいじいじしてんだけど、ラストでそれが快復すると途端に「安全の確保、自尊心、威厳といった、さまざまな感情」(以上引用)を獲得する。そうなんだよ。余裕ができると、一挙に優しくなるんだよ人ってのは。
登場人物のなかで唯一医者の妻が失明しない理由は?
これも作者さんの都合だろうけど。理由は、上述した「余裕なくなると」って表現を使わせてもらえば、まだ余裕ある人物をひとり用意することで、完全に余裕なくなっちゃってる連中の様子を際立たせ、同時に観測するためだ。医者の妻は劇中で失明者たちを頻繁に哀れみ悲しむ。現実にも存在する「余裕なくなっちゃってる連中」は、哀れみ悲しまれる対象なのだということが言いたいんだろう。ハイ、身につまされます。
文章がマジ読みやすい
ホントに読みやすい。分量があるんで二週間くらいかかっちゃったけれど、さくさく読めた。なんかファンタジーちっくだからワクワクするってのもあって。語り口が神の視点で、「ああそういえばあのことについても語らねばなるまい」みたいな口調なのも読みやすい理由のひとつかも。まあこれは翻訳者さんの技術でもあるだろうけど。いやあもうトニ・モリスン『ビラヴド』なんかと比べると本当に……(読みづらい小説殿堂入り)。
登場人物に名前がない理由は?
実際「みんな」が盲目みたいなもんなんだ、ってことが言いたい小説に、「個人」を識別する記号である名前は不必要だからだろう。