我が家の学級文庫においてあったので読んだ。



お金持ちの青年コランは、素晴らしい料理人のニコラの料理を食べ、親友のシックとたまに楽しく遊んで、ステキな生活をしている。あるときシックがアリーズなるきれいな恋人を作るのをみて、コランは自分も恋がしたくなる。そんな折にクロエというきれいな女性に会い、ふたりは恋人になる。お金はありますから、盛大な結婚式を挙げ、貧乏から式を挙げられないシックとアリーズに援助もしてやる。うん、お金はみんなを幸せにするのですね。ところが結婚後クロエが奇病を発症し、その治療に莫大なお金がかかることになる。さしもの資産家コランでも払いきれないレベルの額なので仕方なく働きに出るコランであったが、労働の能力がないためあちこちで追い出されてしまう。そのころコランが援助をしてやったはずのシックは、そのお金をすべて趣味の本収集に充ててしまっていた。絶望したアリーズは本屋を焼き払い、自分も焼死する。シックは税金を納めるのを疎かにしていたため、警官に殺害される。コランの尽力の甲斐はなくクロエは病死し、おざなりな葬式で埋められる。可哀想なコランは毎日岸辺で水を眺めるようになった。ただし、それでコランが不幸かというと、そうでもないらしい。
彼らの暮らしをずっと眺めていたハツカネズミくんによると、「彼には苦しみがある」だけだと言う。それを見るに耐えなくなったハツカネズミくんは、自らも死を選ぶことにした。



なんぞこの話…? 物語を読むとき、俺は基本的にまず「登場人物は何をしたいのか」つぎに「作者はこれを書くことで何が言いたいのか」の順番で考えるのだけど、今回は後者がまったく分からんかった。「女はすべてを破壊する」と言いたいのかな? なにしろ物語初期の、コラン、ニコラ、シックの生活はとても清潔で繊細で素敵だった。ニコラの料理が他のふたりが大好きだし、コランはシックの貧乏さをして自分の裕福さに若干の後ろめたさを感じつつ、さりげなく彼を援助していた。シックの方もコランのことをよい友人だと思っている。それが、アリーズをはじめとする女性陣が現れた瞬間に、コランは貧乏の底の底まで堕ち、シックは狂い、ニコラはすげえイケメンだったのにそんなふたりを見てやつれてしまった。何よりおっとろしいのが、女性陣はとくに何も加害したりしてないことだよな。ただそこにいるだけで男どもを潰してしまったのだ。そのあたりが、まえがきにある「ひとりひとりだといつもまっとうだが大勢になると見当ちがいをやる」に繋がっているのかね。まあともかく、よく分からんかった。

が、この話の舞台は実在のパリのパラレルワールドみたいな架空の世界だと思うんだが、その世界観はけっこう楽しめたぜ。気に入った部分を以下に。
 
  • わりと気軽に人が死ぬ。主人公のコランが、急いでいるのに、ちんたらと案内をするボーイの顎を蹴りあげてぶっ殺し鍵を奪い取ったときは何が起きているのか分からなかった。
  • アリーズはもっとすごくて、心臓鋏とかいう謎の武器を振り回し、サクサクと人を殺しまくる。
  • 人ごみで人々が圧死する。
  • 上品なクロエが、突然「いやなこった!」と叫ぶ。いやその、俺は翻訳小説のこういうガタガタなところ面白いと思うけど、クロエはそんなこと言わないと思うんだけど…。
  • コランが仕事の面接を受けた会社の副社長が姿を見せたときの描写。「紙ぼこりを継続吸収したあげくやつれはてて、その毛細血管支には強度のセルロース性粘着物が溢れるばかり充満している一人の男が社長室に入ってきた。」どんな比喩だよ!?
  • クロエの遺体を運ぶ霊柩車の運転手が大声で歌をうたっている。「250ドゥブルゾン以上支払わないと静かに運んでくれないのだ」。
  • ドゥブルゾンという架空の単位が好き。響きがとても貨幣っぽい。
  • おそらくジャン=ポオル・サルトルをもじったであろうジャン=ソオル・パルトルの熱狂的なファンであるシックくんは、最終的に惨めに死ぬが、かれが収集にはげむ描写は結構好きだった。パルトルの指紋がついただけの本、彼のズボン、そして彼の原稿を立派な綴じ本にするなど。狂ってるが、俺は収集家を見るのが好き。収集ゲーをやってる人を見るのも好き。
  • お金に困って財産を売り払うコランだが、「3000ドゥブルゾンでいかがか」と言う骨董屋に「それはあんまり高すぎますよ」「あなたに3000で売りつけるなんてぼくにはできませんよ」「2000ならどうです」。いい奴だな~。だがクロエのためにお金をゲットしなきゃいけないんだろお前は。何やってんだ。
  • 心臓鋏とかいうアリーズの相棒。何この禍々しい名前。
  • コランとクロエの会話。「機械でやれるような労働をするのはばからしいわ」「労働は正しいと聞かされているんだな」「それなら、あの人たちはのろまなの」労働者ばかにしすぎで笑った。マリ・アントワネットかな?
  • コランとニコラの会話。「ニコラ、きみに会えると、イジスはきっと嬉しがるよ」「どうしてさ?」「わけは知らんよ…」笑った。定型句に対するマジレスはなぜだか笑う。



ところで、ルームメイトがこの話を「ムーミンと雰囲気が似てる」と言っていた。言われてみればそう感じるかもしれない。主人公にわりとゲスなところあったり、周囲の人物がワケ分からないことをやりだすところ、架空のものごとが説明もなく当たり前のように存在しているところなんかが似ていると思う。

ルームメイト「ムーミンって結構性格悪いよね?」
俺「たまにゲスいよなアイツ」

 

以下の記事からリンクされています