概要

感想文アーカイブを見ていただけるとわかるように、2020年はまったく本を読まなかった。なんだか感性が鈍化しそうでコワかったのと、最近親愛なるルームメイトがちょいちょい本を読んでいるので、ぼくもまた本を読み出してみたぜ。

「何を読もう……ドストエフスキーならハズレはないっしょ!」と軽いノリで、『死の家の記録』を読んだ。サマリと感想を書く。

 

サマリ

まずは主人公の紹介から。

  • アレクサンドル・ペトローヴィチ・ゴリャンチコフ
    • 「わたし」。妻殺しの罪で監獄に入った。人嫌い。この「記録」を書いたひと。いきなりこの名前が出てきたことで、ぼくは全キャラクターの名前をちゃんとメモって、「誰だっけこいつ」現象が起こらないようにした。妻殺しの罪は、冤罪だったことが10年の投獄、出獄後にわかる。ひどいね。ロシア貴族出のため、監獄内の庶民たちからずっとハブられ続ける。囚人たちにとって「わたし」たちはかつての主人たちと同じ階級に属していたので、彼らはよい思い出をもつことができなかったのである。

監獄内には、あらゆる人間がいる。そう、まるでロシアのそれぞれの県、地域がその代表を送り込んでいるかのように。ゴリャンチコフは、囚人たちの共通点として「見栄っ張り」「気難しい」「自惚れが強い」「善良で自惚れをもたない人間を軽蔑する傾向」「金銭のことを自由と同じくらい尊重する」「卑屈」などを上げている。この空間のことを彼は、「地獄というかまっくらやみの世界」と表現する。

監獄は、だれひとり自分の意志で来たわけではない。そういうところでは自由社会より喧嘩が早く、互いに憎み合うものである。

  • アキム・アキームイチ
    • 囚人。よくわたしと一緒にいた、ロシア貴族。無学なのだけど超器用で何でも出来る。
  • ヌルラ
    • 囚人。監獄ではみんなに好かれているいいやつ。ロシア語がわからないが、肩ポンをしてわたしに友情を示してくれる。
  • アレイ
    • 囚人。アルメニア人商人を兄弟と惨殺して強盗した一味のひとり。わたしになついてくれた、めっちゃいいやつ(?!)。いつもしかめつらの囚人すら「アレイ・セミューヌイチ」と呼んでかわいがっていた。
  • アレイの兄たち
    • 囚人。アレイがわたしにとてもなついているため、同じようにわたしを愛してくれた兄ばかたち。
  • イサイ・フォミーチ
    • 囚人。唯一のユダヤ人。人気者。「神様がいらして、金がありゃァどこだって極楽さ」「いいぞ、イサイ・フォミーチ!!」クリスマスは1年に3日ある祝日のひとつなんだけど、まあユダヤ人なので仕事してた。
  • B
    • 囚人。貴族出。わたしと一緒に、工場で研磨機の車をまわす仕事をやった。(わたしは獄内で蝋燭の溶けるように痩せ細っていく連中のようになるのを恐れたので、こういう、運動になる労役を大切にしていた。)本質は善良なのだけど、怒りっぽくて偏屈でわがままなところがあるのでわたしは袂を分かった。なんかあとのほうでやっと訳注がついたんだけど、ヨシフ・ボクスラフスキーっていうやつらしい。
  • M
    • 囚人。よく接していたが、わたしは決して好きになれなかった男。なぜかといえば、自制力があまりにも強く、誰の前にも心のすべてをさらけ出さなかったからだ。 Je hais ces brigands というクールな口癖がある。こいつはアレクサンドル・ミレツキーというらしい。 B のことが嫌い。
  • J
    • 囚人。愚鈍で不快な人間。こいつはヨシフ・ジョホフスキー。
  • T
    • 囚人。男らしく、素晴らしい若者。
  • ペトロフ
    • 囚人。もっとも命知らずな男。命知らずな人々は監獄にも数えるほどしかいない。とても仲良くしていたのに、わたしに「わたしとあなたのどのへんが仲間なの?」と純粋に言ってのけて、わたしに貴族と庶民の間の溝を確信させた。
  • バクルーシン
    • 囚人。気持ちの良い気象の男。芝居に出る。芝居では、大きな才能をもった生まれながらの俳優であることを示す。風呂の日には、ペトロフと一緒にわたしの「あんよ」を洗ってくれた。
  • ポツェーキン
    • 囚人。バクルーシンのライバルで、芝居について顕著な才能をもっている。わたしは口には出さなかったが、バクルーシンより一枚上の役者。
    • オシップ
    • 囚人。炊事夫を引き受けるやつでみんなに飯炊き婆さんと愛称で呼ばれている。
  • シロートキン
    • 囚人。美貌の男で、よくガージンといる。監獄芝居では女役をやる。
  • ガージン
    • 囚人。狂暴で醜怪。酒売をしている。監獄で酒を密売するような連中は、金のためではなく、それを自分の使命だと思って情熱を打ち込む。ある意味で詩人である。
  • スシーロフ
    • 囚人。極度にみじめ、とまで言われる男。あたりがよく勘定が正直だという理由で、わたしに尽くす。このタイプの連中の特徴は、あまりにも自分がなさすぎて、誰に対しても虫けらのようであり、絶対に金をもてない。(ゴリャンチコフさんはやたらと人間をタイプに分類したがる)
  • A
    • 囚人。ばけもの。歯と胃をもち、もっとも粗暴な、肉体的快楽にたいするあくことを知らぬ渇望をもった肉塊。いや、どんな評価? 「わたし」さんは相当こいつが苦手だったのだろう。のちにクリコフとともに脱走を試みるが、あえなくとっ捕まる。
  • クリコフ
    • 囚人。ニセ獣医。マナーが優美で、熱血漢で、並外れた多彩な才能をもつ。 A と脱走を試みるが、失敗したのち、みんなからの尊敬を失った。失敗するまでは、「たしかにみんながクリコフや A みたいなわけにはいかねえ」と名声を高めた。
  • コルレル
    • 上等兵。 A とクリコフに抱き込まれて脱走に手を貸す。
  • ワーニカ・ターニカ
    • クリコフが入れ込んでいた町娘。鉄火という綽名があった。いかつすぎない? てかマジ一瞬地の文で出てきただけなんだけど。
  • シルキン
    • 囚人。クリコフと A の脱走に気づいた。生粋のモスクワっ子で、ずるがしこく抜け目がない。
  • ヨールキン
    • 囚人。マジ獣医。クリコフから町の得意先を全部奪い取った。
  • ロマン
    • 囚人。誰もが認める馭者。「ロマンはいい馭者だ」と少佐すら認めた。
  • スクラートフ
    • 囚人。ずんぐり。道化役。軽蔑されている。なぜこういう陽気なのが軽蔑されるかというと、根性がなく、人格を誇示しないからである。そういうタイプは「役に立たない」とされる。監獄では臆病なやつが軽蔑される。それだから、わたしははじめ、監獄の囚人におもねて彼らの悪癖をまねることはせず、彼らの憎悪をおそれないというプランをとった。
  • ルカ・クジミーチ
    • 囚人。いきなり地の文でルーチカって呼び始めるので困った。いきなり綽名呼びにするのヤメて。6人殺した男だが、誰にも恐れられていなかった。
  • チェクーノフ
    • 囚人。入院中に会ったひと。自尊心が病的に強い。
  • ウスチヤンツェフ
    • 囚人。笞刑を受けたくないがため、煙草ウォトカを飲んで肺をやったアホ。囚人は笞(むち)を一日でも延期したくてとんでもないことをやらかす。
  • ミハイロフ
    • 囚人。わたしが入院した4日後に肺病で死去。
  • 入院中に会ったある未刑囚
    • 「それは若い男で、美男子とさえ言えるほどだったが、わたしたちみんなに何となく不快な印象をあたえていた。陰性で、疑り深く、いつもぶすっとしていて、だれとも話をしないし、人を見るにも上目遣いばかりしてるし、まるでみんなを疑っているように、こそこそかくれるようにばかりしていた」。なんとなくこれで連想するひとがいたので、なんか印象に残ってノートした。
  • カルムイク人のアレクサンドル
    • 囚人。4000本の笞刑を受けたやつ。「がきの時分からどれほどぶたれたか、数えろったって無理だ! 数のほうが足りやしねえよ」。ワロタ。「数のほうが足らねえよ」。使ってみたい。使い所あるか?
  • チェレーヴィン
    • 囚人。シシコフと喋っていた。
  • シシコフ
    • 囚人。アクーリカという女の喉にナイフを突き刺して殺した男。なんか、アクーリカの話、突然挿入されたけど、何だったんだ……? そんなにゴリャンチコフにとって印象的だったのかな? アクーリカは不貞をはたらいた疑惑のあった女で、家の門にタールを塗られた。(不貞を働くとタールを塗られる風習があったらしい。)
  • ロモフ
    • 囚人。図に乗って、おおくの百姓から地獄に落ちることを望まれた一家のひとり。その家は冤罪で亡びた。喧嘩でガヴリールカを突き刺した。
  • ガヴリールカ
    • 囚人。ロモフの家の冤罪のほんとうの犯人。根っからの浮浪者。
  • シャーリック
    • 監獄に飼われている犬。わたしの親友。犬は民衆の間で不浄な動物とされていて(なんだと)、わたししか撫でてくれる人間がいなかったようだ。
  • ベールカ
    • さんざん運命に虐げられた犬で、未来の幸福に対するいっさいの希望を失って、ただ食べ物にありつくために生きている。
  • クリチャプカ
    • 犬。わたしが子犬で拾った。が、半長靴の裏革にされる。
  • ネウストローエフ
    • 囚人。クリチャプカを殺して半長靴の裏革にした。わたしは「かわいそうに」と言っていた。かわいそうにじゃねえよ。
  • 鵞鳥たち
    • 囚人たちにすごくなついて信服していたのだが、精進落しのとき一羽残らず潰された。ここの囚人どもはオークか?
  • ワシカ
    • 山羊。囚人たちに大いに好かれた。が、少佐の気分で殺すことになり、汚水溜まりのそばで殺された。汚水溜まりは監獄の裏のいちばんすみにあり、夏にはおそろしい悪臭をはなつ。この汚水溜まりではよく犬が殺され、皮を剥がれて捨てられていた。
  • マルトゥイノフ
    • 囚人。抗議の罪で送り込まれたふたりのひとり。
  • ワシーリイ・アントーノフ
    • 囚人。抗議の罪で送り込まれたふたりのひとり。監獄のメシのクオリティが低いということで抗議を起こすが、少佐に鎮圧される。このタイプの人間は、熱情的で正義を渇望する。しかし利口に立ち回るには血の気が多すぎる。突き進むことが魅力ではあるが、おそろしく視野が狭く、たいていの場合、目的へ直進しないでわきのほうへすっとんでゆく。このタイプもまわりに心当たりがあるな。
  • ナスターシャ・イワーノヴナ
    • 監獄の町に済んでいる未亡人。非常に貧しいが、囚人に心のありたけを捧げてくれる女性。やさしい。
  • 要塞司令官
    • 囚人に尊敬されている。
  • 少佐
    • どこででも誰かを抑えつけ、何かを取り上げ、誰かの権利を剥奪していなければ気がすまない男。囚人たちの敵。最後には裁判で退官させられ、古い罪状もあばかれ更迭され、食うに困るまで落ちぶれる。そのときには監獄で祝勝祭まで開かれた。因果応報。
  • ジェレビャトニコフ中尉
    • 顔を見ただけで頭の空っぽだとわかる人間。ひどい言われようで笑った。
  • スメカーロフ中尉
    • なんか囚人に人気。
  • わたしの会った刑吏
    • 何か鼻にかけ、高慢なやさしさをもつ、人間の本性がゆがめられている男。こいつの描写についても、なんとなく連想するひとがいた。刑吏は社会で忌み嫌われている。刑吏の特性、すなわち獣性が強く成長すると、醜悪な人間となる。自分から進んで刑吏になったやつは下劣である。だけど人々からより忌み嫌われるのは、強制されてなった刑吏である。
  • オストロージスキイ
    • 煉瓦工場のひと。 M と B が愛しているポーランド人老人。心が美しく正直だったが、2年後不意に狂人となって入院してくる。何があったんや……闇が深い。
  • G
    • 中尉。囚人たちを愛し、囚人たちからも愛されている。「八つ目野郎(少佐のこと)が、あのひと(G)とうまがあうわけねえやな!」

まて、多すぎ。とんでもない大所帯だ。監獄ではなくて、小説が。だけどそれがこの小説の目的だったんだと思う。この小説の目的は、「わたしたちの監獄の全貌と、わたしが体験したことのすべてを、一枚の明瞭な絵にあらわ」すことだとゴリャンチコフは述べている。これ、素晴らしい喩えだよな。この一文だけで、この大量の登場人物たちがところせましと描かれた、西洋の油絵を想像できた。それが、この小説が描きたかったことだ。

それに加えてゴリャンチコフが主張したかったことがいくつかある。

  • 監獄の中には、ロシアでもっとも天分豊かで強い人間たちがいるといえるかもしれない。しかし木柵の中で、その青春がむなしく葬られ、偉大な力がなすこともなく滅び去った。
  • 囚人たちはゴリャンチコフのことが嫌いだったけれど、芝居のときは一番良い席に通した。芝居については自分らより目があると、卑屈さもまったくなく、公正な判断をしたのである。これをしてゴリャンチコフは、賢人たちが民衆に学ばなければならないところだとする。ロシアの民衆には、何が何でもかきわけてまえへ出ようとする雄鶏の悪癖はない。彼らには公正の感情とその渇望がある。上層階級の人々こそ、それをもっているってことかな。
  • 監獄における最大の苦痛とは、ひとりでいることができないことである。強制された共同生活、それが他のあらゆる苦しみに比べて一番強烈である。個人的に、このような状況は数年にわたって経験がある。そこは、本物の監獄ではないけれど、人々に「刑務所」と揶揄されていたし、いくらか自分もそこで性格をゆがめられた自覚がある。この主張は本小説を通して語られるため、全体的にシンパシーを感じられる読書だった。
  • 「旦那とか貴族」と一般民衆は底しれぬ深淵によって隔てられている。たとえどんなに正直で善良で聡明であっても、「旦那とか貴族」となると、みんなによってたかって憎悪され、軽蔑される。やっとのことで侮辱されずに済むまでにこぎつけたところで、やはり仲間ではなく、孤独な存在であることを意識しなければならない。
  • 「貴族や知識人が、監獄や徒刑地では百姓たちと同じように苦しむ」なんていうのは絶対に間違い。
  • 自分の環境でないところに住むことほど、おそろしいことはない。

 

所感

  • 監獄が「死の家」って呼ばれてるんだけど、意味がよくわからない。「死の家」ってほど「死」感がない。ゴリャンチコフにとって監獄生活がツラかったのは、大方の囚人たちからハブられ続けたからだ。といっても、終盤には、彼のことを愛してくれる友人もできて結構ラクだったと記述がある。「死」感がない。
  • 出獄後……この手記を書いたころのゴリャンチコフは物凄い人嫌いであると描かれてるんだけれど、監獄内の彼に人嫌い描写は別にない。それどころか人々に対し誠実に接しているように見える。別人のようだ。
  • 出獄の瞬間なんて、「自由、新しい生活、死よりの復活……なんというすばらしい瞬間!」とか言ってるぞ。どのへんが陰鬱なのだ。
  • 「まっくらやみの世界」という表現すき。「見栄っ張り」「気難しい」「自惚れが強い」「善良な人間を軽蔑する傾向」「金銭のことを自由と同じくらい尊重する」「卑屈」人間どもで満たされた空間のことだ。

だけど。どんなに楽しめるようなことがあろうと、強制的に押し込まれた空間が地獄なのはよくわかるよ。「不満をいくら漏らしていようと、楽しい瞬間もあっただろう?」とのたまうあつかましい連中はときおりいる。楽しめることをようやく見つけ出したのはこちらであって、それは押し込んだ側に与えられたものではない。頼んだ覚えはない。

監獄でゴリャンチコフはよくやった。だけどうんざりしたんだと思う。それを「よい体験」だと片付ける資格は他人にはない。ずっと彼は囚人たちに憎悪されていたけれど、彼だって憎悪したはずだ。囚人たちを、ではなく。世界はマジでサイテーだから。

  • ゴリャンチコフの持論で「笑い方でその人間のことがわかる」というものがある。笑い方が気持ちよかったら良い人間だ、というわけである。
  • 囚人たちは想像に慣れきっている。「庭と言われたら、庭と思えばいいさ、部屋なら部屋、小舎なら小舎なら、同じことだ、別にうるさく言うこともなかろうさ」。いいね。
  • 囚人たちは罵り合うのが大好き。「トルコの山猿め」「木靴で野菜汁すすってやがって」
  • ゴリャンチコフが入院する日は、「生あたたかい、どんより曇った、ものかなしい日」だった。なんか、すごいワカる描写だったからノートしとく。ワカりみが深い。
  • 病院は、労役はないものの、結構ひどい環境。取り替えられない、虱のついたガウン。南京虫の巣になっているベッド。空気が悪く、水はすぐに腐敗する。トイレがすぐそばにあるというのに用便桶を使わされたことを、ゴリャンチコフはだいぶ根に持っていたようでその描写に随分紙面をさいていたな……。
  • 「郭公将軍に仕えているやつ」って知らない言い回しだけど、浮浪者のことらしい。
  • 「斎戒」って知らない言葉だった。飲食や行動を慎むことらしい。
  • 出獄間近のシーンからは、夜明けの雰囲気が感じられた。ゴリャンチコフは前日の夕暮れ、最後の名残りに柵にそって監獄をひとまわりする。シーンとしては夕暮れだったけれど、読んでいるこっちのイメージは朝焼けだったぜ。
  • そして足枷が外されて、ゴリャンチコフは目を見張る。「これがいまのいままで足についていたのか」。